2018.12.9 (sun) / ARAKAWA dust bunny
わたしが服と密接ながらも軽薄な関係をもち、それが反復されていることは、ひとつの孤独な体験である。 服とは単なるイメージではない。
しかし、イメージともいえる。
あの頃着ていた服を幾度ここに再現しようと試みても、そのたびに消え、逃れていく掴みようのなイメージは、 二度と現れることがない
(保存された、過去の写真や映像からそれを想起することは可能だとしても)。
しかし、仮にそのような事象、つまり過去の服が再来することを期待した時、それ(ら)は、どのような振る舞いをするのか。
私と服の新たな関係の可能性そのものが生産される非公共的な場(部屋)のために、この問いは立てられる。